手帳は「余力」を管理するためのツールである
手帳と聞くとどんなイメージがあるでしょうか?
「高い」「デジタルで事足りる」「ビジネスマンがよく持ってる」「飽きそうでなかなか手を出せない」などなどいろんなイメージがあると思います。自分も最初はそう思っていました。スケジュールはiPhoneの純正アプリで何でもできるし、何かを管理するのはnotionを使えば十分じゃんなんて思っていましたが、1ヶ月前にダヴィンチのシステム手帳を買ってから気づきました。
全人類手帳を買った方がいい!!!
正直、何で今まで買ってこなかったんだろうと後悔するぐらい使いまくっています。笑
1ヶ月間毎日使っていて、「手帳を使うと人生の余力が増えるな」ということに気がつきました。
手帳を持つと「自分の余力」を管理できる
「スマホのデータ容量を気にせずいろんなアプリをインストールしたり写真を撮っていたらいつの間にか容量がパンパンだった」「銀行の預金を気にせずにお金を使いまくっていたらいつの間にか財布がカツカツだった」こんな経験をしたことがある人も多いと思います。
なぜこのような状況になってしまうのかと言うと「今ある余力をきちんと把握していないから」です。
そしてこれは、自分の体力や気力でも言い換えることができます。「疲れてないと自分に言い聞かせて目の前のことに取り組んでいたらいつの間にかストレスを溜め込んでて心の病にかかってしまった」こういうケースはかなり多いです。これは「自分の体力気力の限界を超えてしまったから」起こってしまったことです。
僕がなぜ手帳でスケジュール管理や健康の管理をするのかというと、「自分の心の余力を把握するため」といっても過言ではないでしょう。スケジュールや健康状態を俯瞰的に見ることで、「自分はこれに時間をかけているな」「今日一日幸福でいられたのは運動をしたからだな」と、心の余力を増やせる自分だけのライフハック的なものを見つけることができます。自分を適度に休ませられる習慣がある人ほど、人生を豊かに生きられます。
スマホのスケジュールアプリでは感じられない「手書き」の優越感
「だとしても、スケジュール管理や健康管理ならそれに対応したスマホのアプリがあるのにどうしてアナログな手帳を持つのか?」というふうに思う人もいるかもしれません。僕はiPhoneを使っていますが、やっぱりiPhoneのカレンダーやリマインダー機能は本当に素晴らしいと感じます。連携も簡単で、iCloudを使えば何十年何百年もの日々のスケジュールを記録をすることができます。ただどうしても自分はスケジュール管理はアナログの方がいいと感じてしまいます。
なぜそう思うのかというと最大の理由は「手書きである」ということです。
文字を手書きで書くことで、「自分の手で人生を管理しているんだ」という優越感的なものを感じることがあります。この優越感は、なかなか言語化することが出来なくて困ってます笑。実際使ってもらわないと実感出来ないかもしれないですし、人によってはデジタルの方が「管理してる感」があって良いと思う人もいるかもしれないのですが、アナログ派の自分としては、手書きで文字を書いたり一枚一枚ページをめくって紙の質感を感じたりすることで得られる優越感やロマンがあるんですよね。わかってもらえる人がいたら嬉しいです笑。
あとはこれも自分だけの感覚かもしれませんが、デジタルで何かを管理するとどうしてもセカセカした感覚に陥ってしまうというのもあります。アナログなものを使ってる時の方がゆっくり時間を使って楽しんでる感じがして、自分はそっちの方が好きだなと感じます。それもある意味、「余力」を感じる瞬間なのかなと思います。
みなさん手帳を買いましょう
今使っているシステム手帳についてはまた今度記事にしたいと思います。(語ると長くなりそうなので笑)
最近はなんでも効率化効率化の時代になってきていますが、あえて非効率なアナログの手帳を使うことで人間的な生活が出来るのではないでしょうか。効率的なことはAIでも出来ます。皆さんも、手帳を買ってデジタル離れする時間を作ってみてはいかがでしょうか。
自分の意見ってなんやねん
ブログやnoteを書いていると、たまに自分の意見が分からなくなる時がある。
何かを語ろうとする時、どうしても「世間の意見はどうなんだろう?」「正しいとされていることは何なんだろう?」といった類のことを調べてからでないと語れない自分がいるのだ。
本当はもっと自論を語れるレベルになりたいのだが、自分はそこまで辿り着けていないんじゃないかと感じてしまう。辿り着くったってどこに辿り着いたらいいんだか分からないが。
ひょっとしたら自分の意見がないだけなのでは?と思ったこともあるが、語ろうとするということは何か自分に刺さった部分があるから語りたいのであろう。
なぜ刺さったのか?それは何か自分の中に持論やら理念やら理想やらがあるからだ。
自分の信念にかすりもしないようなものを語ろうとは思わない。良いものでも悪いものでも信念にちょっとだけでも触れたものは何でも語りたい。そういうものである。
とはいえ、SNSや本を読んでいて素直に感じたこと、ここは間違っているなと直感的に思ったこと、その発想は新しいなと思ったこと、その都度カタチのないぼんやりとした意見は生まれてくるのだが、それを鮮明にしないまま「何が正しいか」を調べてしまう。(これが現代人ってやつですか?)
基本的にアウトプットの場所は基本的にブログやnoteにしているのだが、ブログやnoteを書くときは必ずベースとなる簡単な台本を作ってから書き出すようにしている。
「伝えたいことを3ブロックぐらいに分けて、1ブロック500文字程度にして、始まりと終わりを250文字ずつ書いたら2000文字になるな〜。」みたいな感じでいつも書いているのだが、自分の意見が分からなくなる原因はココにあるんじゃないか?と思ってもいる。
簡単に言うと、「型にハマっているから自分の意見が出せなくなる説」だ。
自分の意見ってもっと複雑で、取り止めもなくて、あっちこっちに矢印が飛んでるものなんじゃないか。それを強引に500×3+250×2=2000に当て嵌めていただけなんじゃないか。
そう考えると、自分の意見が分からない人の多くはこの困難にぶち当たっているのかもしれない。
国語のテストでも「この時の主人公の気持ちを80〜100文字程度で書きなさい」みたいな問題がしょっちゅう出ていたが、語りたきゃ何文字でもいいだろと言いたくなる。
なぜわざわざその文字数に収めなくてはいけないのか。小学生の頃からこんな感じなんだからそりゃあ自分の意見もちょうど良い文字数に収めなきゃと思っても無理はないのかもしれない。
ああ。バーっと書いていたら、何を話したらいいか収集がつかなくなってきた。けどそれで良いんだよな多分。
とりあえず今度からは、文章の書き方マニュアルを一回傍に置いてみることから始めよう。
やっぱ、文字数制限のない自分語りって楽しいね〜
アイデアが降りてきやすい環境と瞬間について
「アイデア」というものは、クリエイティブな仕事をする人はもちろんのこと、日常生活を送る上でも非常に大事な存在です。
「ふとした瞬間に思いついたことで作業の効率が上がった」という経験は誰しもあると思います。
アイデアが降りてくれば降りてくるほど自分の人生も豊かになると言っても過言ではないでしょう。
とは言え、アイデアが好きなタイミングですぐに降りてくるかと言われるとそうではありません。
アイデアには降りて来やすい環境や瞬間というものがあります。
今回はそれについて詳しくお話しします。
・そもそもの話、アイデアは「既存のモノと既存のモノの組み合わせ」でしかない
「アイデアが降りて来やすい環境や瞬間」を知る前に、まずは「アイデア」とは一体何なのかを深掘りすることから始めたいと思います。
結論から言うと、見出しにも書いてある通り”アイデア”とは「既存のモノと既存のモノの組み合わせ」でしかないです。
つまり、ゼロからアイデアを生み出せるなんてことはないということです。
例えば、今お使いのスマートフォン。
Appleの創業者スティーブ・ジョブズは、iPhone発売時の製品発表会で「iPhoneは、iPod・携帯電話・インターネット機器をひとつの機械に収めた製品である」と話しています。
つまりiPhoneは、既存のモノ(iPod)と既存のモノ(携帯電話)と既存のモノ(インターネット機器)の組み合わせだということです。
また、ショッピングサイトのAmazonは、既存のモノ(お買い物)と既存のモノ(インターネット)の組み合わせであると言えますし、
動画配信サービスのNetflixも、既存のモノ(レンタルDVD)と既存のモノ(サブスクリプション)の組み合わせであると言えます。
どんなに画期的なサービスも、結局は既存と既存の組み合わせでしかないのです。
・「アイデアが降りて来やすい環境や瞬間」とは?
“アイデア”そのものを知ったところで、いよいよアイデアが降りて来やすい環境や瞬間について解説していきます。
中国の学者・欧陽脩(1007〜1072)が残した言葉の中に「良い文章を考えるには三上が適している」という言葉があります。
三上とは、馬上・枕上・厠上のことを表します。
馬上は馬の上、今で言うと車や電車で移動している瞬間のこと。
枕上は枕の上、つまりベッドで横になってる瞬間のこと。
厠上は厠の上、つまりトイレをしている瞬間のこと。
ざっくり言うと「ふとした瞬間にアイデアは降ってくる」ということですね。
逆に、「アイデアを生み出そう!」と意識的に頑張ってもアイデアは降ってこないと表すことも出来ます。
・常にメモ帳を持ち歩こう
ふとした瞬間にアイデアは降ってくる、その瞬間を逃さないために大事なのは、「常にアイデアを記録できるものを持ち歩く」ということです。
現代では、メモする時にスマートフォンを使ってる人も多いと思いますが、アイデアを記録する際は紙のメモ帳の方が比較的良いとされています。
理由は2つあります。
まず一つ目が「紙のメモ帳の方がサッと取り出してスッと書き出せる」ということです。
スマートフォンのメモ帳も使い方次第では効率的にメモをすることができますが、ロック解除をしなくちゃいけなかったり、別のアプリの通知に目が入ってしまったり、いろんな邪魔を潜り抜けなければいけません。
また、いろんな邪魔を潜り抜けたはいいものの、肝心なメモするアイデアを忘れてしまったなんていうこともあるかもしれません。
忍耐強い人ならそんな状況でもメモ帳に辿り着くことができますが、どうしても別のアプリが気になってしまうという人も多いのではないでしょうか。
その点アナログのメモ帳は、機能が「書くこと」しかないので邪魔者がほとんどいないというのが利点です。
メモを開いてペンを持つだけでアイデアを記録することができるので、「メモすることを忘れてしまった」なんていうこともありません。
そして、二つ目の理由は、「紙のメモ帳の方が後で思い出しやすい」という点です。
人は「手を動かすことによって脳が活性化し、記憶が定着する」と言われています。
試験勉強で何かを暗記しなければいけない時にひたすら書いて覚えた経験がある人も多いと思いますが、あれは「手を動かす」という作業がとても大事なのです。
「スマホのフリック入力も手を動かしてるからいいのでは?」と思った方もいるかもしれません。
ですがやはり、スマホのフリック入力で書いた機械的な文字よりも、自分の手で書いた人間的な文字の方が記憶に残りやすいのです。
・最後に
AIに仕事を奪われるなんて言うニュースもありますが、やはり「発想力」という点においてはまだまだ人間の方が優れています。
発想力を最大限に発揮するには、「どの環境なら最大限に発揮できるか」「どのツールなら発揮できるか」ということを知っておくことが大事だと思います。
今回の記事で、ちょっとでも知っていただけたなら幸いです。
言語化が下手な人の特徴2選
1億総インフルエンサー社会となった今日、「言語化が出来なくて困っている」という人も多い。
「言語化が仕事であるライター」から「推しの魅力を人に伝えたいオタク」までいろんな人が持っておいて困らない"言語化力”ですが、言語化力がある人とない人はどう違うのかを語ってみようと思います。
投稿主の私はこれまで言語化についての本を10冊ほど読んだだけのアマではありますが、1冊も読んでない人よりかは知識があるという自負のもと書いていますので、しばしお付き合いください。
言語化についてよくある勘違い
「言語化が下手な人の特徴」としてよく挙げられるのは、おそらく「語彙力の乏しさ」ではないだろうか。
「語彙力があれば映画の感想を細かく伝えられるのに…」「語彙力があれば上手く資料のプレゼンができるのに…」
このような悩みをSNS等で見かけることが多い。
しかし、言語化力に関する本では、「語彙力」については書かれていないことの方が多い。
むしろ、語彙力以前に言語化の”基礎”となる部分を高めていく方が大事だと書かれている。
では、言語化の基礎とは何かを2つ説明します。
言語化が下手な人の特徴その1「完璧主義である」
言語化が下手な人は、「100点の状態で言語化しなければいけない」という固定観念に縛られていることが多い。
言語化力が上がる最大の方法は、ズバリ「フィードバック(外部の評価)を受ける」ことだ。
メディアやSNSで「言語化が上手い」と評価されてる人達も最初から言語化が上手かったかと言われればそういうわけではない。
日々アウトプットを続けて、外部からのフィードバックを受けて改善していったからこそ、言語化力がいつの間にか身についていたのである。
ここから分かるのは、70点でも30点でもとにかく言語化したものを外に出した方がいいということだ。
最初は「自分の文章に不備があるんじゃないか?」「批判されたらどうしよう」と不安になることもあるかもしれない。
だが、世の中何が評価されるかは案外自分では分からないものだ。
片手間で作ったものがとんでもなくバズったり、満を持して投稿したものが全然伸びなかったりするのはよくある。
タンスにお気に入りの服を多くしまったところで、その服を着て外に出なければ意味がないのと一緒で、まずは外部に自分の文章を出してみよう。意外と褒められるかもしれない。
言語化が下手な人の特徴その2「全体を説明しようとする」
言語化するにあたってもう一つ注意しなければいけないのは、「全体を説明しようとしすぎて何を説明したらいいか分からなくなることがある」ということだ。
言語化に慣れていない人ほどこの落とし穴に陥りやすい。
例えば、「この映画の良いところをプレゼンしたい」と思った場合、映画全体の感想を説明しようとすると抽象的なことしか言えず、面白い部分が伝わらない場合が多い。
しかし、映画のピンポイントな部分(特定の役者の演技・特定のシーンなど)を細かく説明すると、内容が具体的で、聞いてる側も「面白そう」と感じやすいのだ。
映画評論家の批評などは、カット割りやら配色やら小道具の位置など更に細かいところまで絞って解説しているケースが多く、読者に新しい見方と好奇心を与えてくれる。
ここから分かるのは、言語化の上手い人は、「結局どの部分を伝えたいのか?」を常に意識しているということだ。
「あれもこれも伝えたい」「伝えたいことを一つに絞れない」という人も多いかもしれないが、全部伝えようとすると、逆に見てる読者の集中力が持たない。
「思い切ってこの部分以外はバッサリ捨てる」と決めることで、魅力を言語化しやすくなるということは常に意識しておくようにしましょう。
まとめ
言語化は、ただ単に語彙力を増やせばどうにかなるわけではないということは分かっていただけたかと思います。
「伝えたいことを1つに絞って、完璧じゃなくても外部に届ける」
これを繰り返していけば、使える言葉も増えていき、おのずと語彙力も上がります。
こんなこと言ってる自分も、拙い文章でまだまだ言語化力があるとは言えないかもしれませんが、この記事を読んでくださった方と一緒に言語化の達人になっていけたら嬉しいです。
ご清聴ありがとうございました。